痴話喧嘩




ざわつきが一番瑞々しい時間帯。
アフタヌーンティの時間、或いはおやつの時間。
若い子連れのお母さん、女子大生、女子高生、女の人は皆甘いお菓子とお茶を楽しんでいる。
そんな中に、やや喧嘩腰の会話が聞こえて、僕は苦笑を漏らす。
今日もまた、賑やかな言い合いをしているのは、同じ学校の男子生徒と女子生徒。
気が合うのか合わないのか、ケーキを選ぶのから始まって始終言い合いのような雰囲気で、けれど楽しそうに話している。
女子高生の方は、一年前から一人でも此処に訪れる常連のえりさん。
男子高生の方は、『まだ』気の合う男友達のよう。

「青い春って感じよねー。」
最近、高瀬君がいない時間アルバイトをしてくれる花燈さんが空いたお皿をトレイに持って来ながら言った。
「一番楽しい時期かもしれませんね。」
勿論、その後の時間も十分に楽しい。
ただ、あの独特な中学生から高校生と言う時期は、なかなかに得難い時間なのだと思う。
感性も未熟なまま、大人と子供を行き来して、何か体の中に篭っているような歯痒い感覚は、あの時期にしか味わえないから。
「今日は、レモンティかミルクティかで揉めたのよ?」
くすくすと笑って花燈さんは眼を細める。
懐かしいような愛しいような表情で店内を眺めている横顔は明るい。

しかし。
パシリ、と乾いた音はやけに大きく聞こえて、僕はポットに落としていた視線を店内に戻した。
興奮しているのだろう、紅潮した頬、軽く肩で息をするえりさんと頬を抑えて呆然とする男子高生。
周りも思わずと言う風に見ているが、それには二人とも気付いていないようだった。
「花燈さん、カウンターに入ってて下さい。」
冷やしたおしぼりを2つ手に取って、僕は花燈さんに声をかけた。
少し緊張した面持ちで頷いた花燈さんとすれ違いにカウンターに出る。
他のお客様ににっこりと笑いかけると、皆慌てて視線をテーブルに戻した。
すぐにまた店内はさわさわとした話し声に満ちる。
「お客様、どうぞ。」
たまに、ほんのたまにこういった事になる事がある。この時間帯は特に他の時間帯よりは高い頻度で。
差し出したおしぼりを渡すと、男子高生はぺこりと頭を下げて受け取った。
花燈さんがえりさんをカウンターに誘導する。
カウンターにはいつの間にやら、高瀬君が立っていた。
「大丈夫ですか。」
視線を男子高生に戻して尋ねれば、ばつが悪そうに肯く。
そして視線をえりさんに向けた。気になるのだろう、あんな風に彼女が怒っているところは驚きだったに違いない。
テンポ良い会話、少し角の立つような言い合いの間、彼女はいつも笑っていたのだから。
「えりちゃん。どうしたの?」
花燈さんがえりさんの隣に座って顔を覗き込んでいる。
ふるふると首を振って、何も言わないえりさんを宥めるように背中をさする手は優しい。
他のお客様は幸い、それを気にしないようにしてくれているようだった。
すいません、と小さく呟いて男子高生が立ち上がる。
僕は特に止めなかった。これが逆上でもしてれば話は別だけれど、消沈した様子の彼が突然暴れたりするようには見えなかったから。
そのまま彼はカウンターに近付いていった。気付いた花燈さんがにこりと笑って立ち上がった。
僕もカウンターに戻ると、高瀬君が入れ替わってホールに立った。

「ごめん。」
その言葉は、とても素直で綺麗な音をしていたように思う。
ちゃんと悪いって分かってる、謝罪の言葉はとても心に柔らかに落ちるから。
「…私もごめん。」
暫く俯いていたえりさんは、ゆるゆると顔を上げてしっかり彼を見上げて謝った。
そして二人同時にくしゃりと顔を崩して笑った。
「戻ろ。」
えりさんがにっこり笑って立ち上がる。彼は少し照れ臭そうに肯いた。
席に戻った頃にはまたいつものように賑やかに言い合いをしていたけれど、楽しげな言い合いにはこちらも微笑ましい。

「あ、花燈さん、時間過ぎてますね。すみません。」
思わぬ珍事に、アルバイトの時間を過ぎていた事に気付いて謝ると、花燈さんはぴらぴらと手を振って笑った。
「気にしないで〜。どうせバイト終わっても暇だし、これからマスターのお茶を注文するだけだもん。」
ぺろりと舌を出して笑った花燈さんは上がりま〜すと明るく言ってロッカーのある奥へ入っていった。
それから一時間程して、学生二人はぺこりと頭を下げて店を去っていった。
外に出てからも、賑やかに言い合いをしていそうな雰囲気だったけれど、楽しそうだから、二人はそれでいいんだろうと思う。

「いつかああいうのが笑い話になるんだよね、きっと。」
眩しそうに目を細めて、カウンターに座った花燈さんが呟いた。
「そうですね。」
いいなぁ、私女子校だったもん、と唇を尖らせながら、両手でカップを包むように持って花燈さんはお茶を口にした。
それを飲み干して、少し話してから花燈さんは店を後にした。


とっくに店内は軽い夕食とお酒を楽しむ時間になっていて、瑞々しい雰囲気よりはゆったりと時間が流れる感覚。
今日のような珍事も、いつかこのカフェと共にいい思い出になればいいと思う。
けして特別な場所ではないから、名前を覚えていて欲しいとは思わないけれど、思い出の中、そんなカフェがあったと言って貰える程度には印象的な。
それは僕にはとても特別な事。
そんな話をしたら、高瀬君はどう思うだろうか、閉店したら言ってみよう。
そう心に決めて、僕はオーダーされた料理に取り掛かった。