男性常連




男の僕が言うのもなんだけれど、カフェというのは女性のお客様が圧倒的に多い。
夜のちょっとしたバーをやっている時間帯ならばともかく、お昼のカフェをしている時間帯の男性のお客様というのは時間潰しの為に一人で来ている場合が多い。 後は商談で、というのもたまにはある。
僕自身、誰かと連れ立ってカフェに行くという事はあまりした事がない。
勿論、お茶をするのは好きだから、一人でなら休みの日に出向いたりもするけれど。

その二人はいつも連れ立ってこの喫茶店にやってくる。
片方はどうやら甘党で、片方は甘いのはお好きでないらしい二人組。
今時あまりない詰襟の制服と今時らしいブレザーの制服。
「いらっしゃいませ。今日は早いね。」
二人で連れ立って、大体あまり人がいない時間帯にカウンターに座るからそう声をかけると、テスト中だとブレザーの彼が笑って言った。
「ちょっと此処で勉強してもいい?」
ケーキと紅茶を注文した詰襟の――朝日奈君は、そう言ってちょっと首を傾げる。
「構いませんよ。」
答えると、すぐに鞄から問題集を取り出して広げだす。
「あー、シャーペンは止めとけ。」
筆箱からシャープペンシルと消しゴムを出そうとした朝日奈君を止めて、ぶっきらぼうに言ったのはブレザーの方の少年――橘君。
何故かちょっと不機嫌そうに頬杖をつくのはどうも彼の癖のようだった。
「何で?」
少し朴訥というか、幼いような、そんな話し方をする朝日奈君に、橘君は大げさに溜息をつく。
「消しゴム使ったら汚れんダロ。」
「あ、そっか。」
そんな会話をする二人に何だか少し笑ってしまう。
二人とも、しっかりと高校生の顔立ちをしているのに、会話は何だか少し子供っぽい気がする。
乱暴な会話で、けれどちゃんと気遣いは大人のそれなのだからやはり可笑しい。
多少机を汚したって僕は構わないけれど、そういう気遣いはうれしいから黙っておくことにする。
「何からやるんだ?」
「明日は数学と物理だから数学から。」
そう言われてふーんと気のない返事をしながら、橘君はレポート用紙とボールペン、それに眼鏡を取り出した。
「あれ、眼鏡かけてたっけ?眼悪くなった?」
「いーや。気分だよ。先生っぽいだろ。」
橘君はケラケラと楽しそうに笑い、朝日奈君はそれに困ったように苦笑した。
沸いたお湯をケトルからポットに移しながら、二人のそんな会話を聞くのは楽しい。
女の子とはまた違った会話は、少し懐かしい気がする。
僕にもこれくらいの年齢のときがあったのだ。
先に入った珈琲を、橘君の前から少しずれた位置に置くと、ちらりと目を上げた橘君がどーもとちょっと照れたように言う。
朝日奈君はテスト範囲の書かれたプリントと、問題集をにらめっこしてぺらぺらと捲っている。
「あ、これこれ。此処がよくわかんないんだよ。」
「回転体、積分か。その例題で説明するからちゃんと聞いとけよ。」
そんな会話をしながら、すぐにレポート用紙に何か書こうとした橘君は、それでも一旦ペンを置いて珈琲を一口飲んだ。
淹れたてを飲んでからという心遣いにまた少し嬉しくなるけれど、他のお客様が来たので声は掛けずにそちらへ応対しに行く。
「あ、そだ。マスター、ケーキは勉強の後食べるから、紅茶だけ先下さい。」
その背に朝日奈君の声が追いかけてきて、僕は振り返ってかしこまりましたと伝えた。
結局二人はたっぷり2時間半、橘君は珈琲を2杯、朝日奈君は紅茶を1杯とちょっと飲んだところで勉強を終えたようだった。
二人がそれぞれの勉強道具を鞄にしまうのを確認してから、用意しておいたケーキをカウンターに出す。
それから、淹れたての珈琲と、紅茶。
「お疲れ様。これはサービスだよ。」
冷めてしまっている紅茶を片付けて声をかけると二人はおお、と小さな歓声を上げる。
そしてゆっくりとそれぞれの飲み物やケーキを味わいつつ、女の子ほどじゃないけど、それなりにおしゃべりに花を咲かせる。
聞くでもなく聞きながら、僕はアルバイトに来た花澄さんを迎えたり、別のお客さんのオーダーを通したりしていた。
「じゃ、マスターまた来るから。」
お会計を済ませた後そういうと、二人は帰っていった。
男の常連さんは彼らだけだから、その言葉はとても嬉しかった。

「マスター、今日はとってもご機嫌ね。」
仕事の後のお茶を楽しむ、花澄さんにそう言われて、そんなににやけてしまっていたかな、と顔を触ると、「もう何となく分かる位には私も長い付き合いになってきたもの」なんて彼女は笑った。
そんな彼女にあの二人の話をするべく、空になったカップに紅茶を注いだ。