神無月:金木犀




はらはら、それは秋の風に揺すられて舞う。
「星が降ってくる。」
あまやかな香りの下で手を広げて、月の花は星を受けた。
深夜二時、昼に生きる者は眠っている時間。
しかし、此処に降り注ぐ光は紛れもなく本物の陽光を思わせた。
刻の城、刻を覇する者が支配する領地内に配された常昼の庭「午綾」である。
煌々と光を受けた花は確かに夜空を煌めく星々を思わせた。
「いい香り。」
薄い蜂蜜色の髪に小さな花が絡むのも厭わず、少女は花を見上げていた。
ふと思い出したのは、姿も知らぬ彼の人のこと。
別れたのは最近だったのか、もっと前だったのか、少女は何故か思い出せなかった。
彼は少女が話す真実を理解できず、少女は彼だけに陶酔することは叶わなかった。
だから離れたのだし、少女はそれを悲しいとは思っていない。
ただ、星の花の香りがあまりに強かったから、想起しただけだった。
「初恋は実らないって言うし。」
ぽつりとこぼされた言葉には何の感慨もなく聞こえた。
本当に意味もなく思い出した言葉を口にしたのだ。
何だか可笑しくなって少女は少し笑った。
儚く可憐な微笑だった。
香りに少し酔って、少女はその木の幹に腰を下ろした。
「真実(ほんとう)に意味なんてあるのかな?」
考え込むように少女は呟いた。
擬似的な夕陽に照らされて金に輝く花が星のように降り注いでいた。
まるで永遠に解けない命題を題材にされた絵画のように、少女と夕焼け色の花は取り巻く空気と奇妙に調和していた。
「――。」
少女が最も親愛する天使の声に呼ばれ、少女は顔を輝かせた。
すぐに立ち上がって駆け寄る。
名残のように髪に絡んだ花がはらりはらりと落ちていく。
「かえろ。」
そういって差し出された手を握って、二人は歩き出した。
少女の思考から、先程の思考は抜け落ちていた。
或いは、それは初めから花違いの思考だったのかもしれない。
「午綾」を抜けた先、沈む月の、今宵最後の光が、優しかった。



金木犀「真実」「陶酔」「初恋」