師走:クリスマスローズ




一人でもその世界の出身の者がいれば、どこの世界の行事をも欠かさない城の年末は、どこかの世界のそれと同じように華やいでいる。
クリスマスと呼ばれるその日は、少女にとって特別な日だった。
残念ながら少女の目覚めからは約半年も経っておらず、少女はその事を覚えていなかったが。

軽いノックの音に少女は読書の手を止めて立ち上がった。
「はい?」
「おい、やる。」
ドアを開けながら返事をすると、思ったより高い位置から低い声がかかる。
少女が端的過ぎる言葉に釣られるように顔を上げると、思わずびくりと肩を震わせた。
無理もない、ドアの前にいた青年の顔には大きな傷が入っている。
ずいと押し付けられ、少女はおずおずと押し付けられたものを受け取った。
5枚の真っ白な花弁が美しい花に、少女はきょとりと首を傾げた。
「クリスマスプレゼントはパーティの時に渡すと聞いていますけど…。」
「誕生日だろ、今日は。クリスマスプレゼントは別にある。」
呆れたように青年は肩を竦ませて、少女を見下ろした。
「そうでしたか?」
やはりきょとりと首を傾げて、少女は答えた。
「あー…まぁ、ともかく、おめでとうってことだ。じゃーな。」
説明は御免だとばかりに押し付けると、青年はさっさと踵を返して去っていった。
「あ、有り難う御座いました!」
慌てて後姿に声をかけると、答えるようにぴらぴらと片手が振られた。

パーティは夕方からと聞かされている。
用意をするにも聊か早すぎる。
少女はそれまでの時間、特にしたいこともなく、受け取った花をぼんやり眺めた。
ふと。自分が目覚めるきっかけになった人を思い出した。
城主と誰かとの契約に沿ってその人の慰めになる為に目覚めた少女は、その『誰か』の遺した恋とも呼べる感情をその胸の一部に抱いている。
しかし、いまいちその感情が理解出来ない。姿形はともかく、生まれてから半年しか経っていないのだから、理解しようがないのかもしれない。
けれど、少女は自分の役割については理解していた。
彼の心の慰めになること、追憶に生きるのではなく、未来に生きるよう働きかけること。
遺された心は確かにそれを願っているのだ。
忘れないで欲しいと願いながら、それでも彼に前を向いて生きて欲しいという願い。
少女は嘆息する。やはり自分には理解できそうもない、と。
そして、思考は明確な意図もなく徒然と様々な方向に広がっていく。
今日のパーティのことや、最近仲がいい人形娘のこと、散歩の時に見つけた小さな花、時折勉強を見てくれる城主の模造品が宿題にと出した数式。
それらは、ふわふわと浮かんでは消え、浮かんでは消える。
私は彼の不安を取り除けたかしら?
少女はシャボン玉のようにふわふわした思考の中で思い付いたひとつの考えを気に留めた。
話す内に感じた彼の中にある不安の原因の根本を、少女は分からなかった。
ただ、それを彼自身が気付いてはいなかったように感じる。只管、自覚するのを怖れるように。そう生きているように見えた。
それも一つの生き方だとか、そういう達観が出来る程少女の思考は成熟しておらず、だからと言ってその垣間見えた不安を口にする程には幼くなかった。
私が似ていると彼は言った。彼がかつて愛した人に。
それはそうだろうと少女は思う。彼と話している時は半ば夢うつつだ。少女に遺された心の一部が、彼と会話しているのかもしれないと思う。

控えめなノックの音に、思考は全て中断された。
「パーティの着替えのお手伝いに参りました。」
開いたドアの先に立った人形の娘の言葉で、存外に長くぼんやりしていた事を知った少女は快く部屋に招き入れた。
卓上の花は静かに、聖夜が更けて行くのを見守っていた。


クリスマスローズ「不安を取り除いて下さい」「追憶」「慰め」「私を忘れないで」