如月:梅




「おい。ちょっとこれ。今度代わりにいってくれねーか。」
一枚のカードを差し出して、男は肩を竦めて見せた。
受け取ったのは同じ顔をした、それでもやや若い面立ちの男。
「人前でそういうことするなら、お前の方が型が綺麗だからな。」
内容は、軍主催による催し物の開会式での演舞。
舞踊は男の親友が担当するのだろう、剣舞と書かれている方が代役を頼んでいる方か。
男はそう当たりをつけて視線を移す。
「頼む。」
「了解した。」
断らないと確信した頼みに、微苦笑して男は了解の意を示した。

かくして、その日は訪れた。
久々の替え玉でも、体の寸法を変えない男のお陰で服に違和感はない。
替え玉の事実を知る青年だけが何ともいえない表情でこちらを見ていた。

舞台の中央。
流れ出す曲に合わせてただ、剣の型を振るう。
そして、曲の中盤。
今まで一定のペースで取っていた剣の型を、男は一度止めた。
訝しむ観客は、奇跡を見た。
一陣の風が、梅を運んできたのだ。
振る梅を縫うように、再び男は斬る。
男は己が過去の幻影のような存在でありながら、男のような華がないと自覚している。
なれば、その華を補うものが必要なのだ。
この場で男そのものとして在る為には。
何処までも不遜な男の持つ華を、過去の幻影ともいえる男は花に託した。
何処までも忠実に、男を演じる為に。
画一された型に突如加えられた花によって、会場は一気に華やかさに翻弄される。
あの愛らしい形の花が、此処ではまるでその気配がないのだ。
剣と共にするに相応しいような。
厳しさすら感じさせる美しさに観衆は静まり返り、ただただ舞台に見入った。
そして、会場は大盛り上がりの内に剣舞は幕を閉じた。

「お疲れ。」
袖に戻ると青年が笑顔でタオルを差し出して労った。
「替え玉の理由が分かった。」
くすくす笑いながら、青年は言った。
華はあるが、こういう場所で舞う為のものではないのだ、あの男の剣は。
鬼気迫る、美しさなのだ。生死の境目の。
男は穏やかに笑んで頷く。
まだ冷たい風が慰撫するように吹き抜けた。

それでも、その気品は、彼にはないものだよ。
そう、青年は言うか悩み、そして止めた。
この穏やかな男に必要ないと思ったのだ、そういう事は。
ただ、在ることが必要なのだろうと。
そういう意味で、この男が己に課しているものは多い。
青年はそっと親友と同じ姿の男を見た。
何かを忍ぶその姿は、何処までも美しかった。



梅「忍耐」「忠実」「厳しい美しさ」「気品」