魔術を行使するに当たって宝石を媒介に使う事は特に変わったことではない。
だから、魔法、或いは魔術を使う者が多い城には、宝石を身につけている者も多い。
(勿論、装飾目的で身につけている者も多いのだが。)
術者と宝石には相性があり、好みもあるが、より相性が良い物を媒介に使うのが基本だ。

「あっ」
詠唱の言霊に過剰反応して割れた石に思わず声を出すと、術は解け形をなさず消えた。
「これも駄目…」
はぁ、とため息をついたのは唯一城主の真実を垣間見た少女。
手のひらには砕けた赤い石を懐紙に丁寧に包む。
今日はこのくらいにしておこうと包みを手に部屋を出ると、月の神殿に仕える乙女と遭遇する。
「調子はいかが?」
声をかけられ、少女は困ったように微笑んだ。
それに微笑み返し、乙女は少女を部屋に招いた。
洋間と和室がうまく調和した部屋で座布団を勧めながら、乙女は引き出しから蒼い石を手に取った。
「仕事用だったのだけれど、切れた物は使えないから差し上げるわ。」
言いながら乙女はその透き通った石を少女の手のひらに乗せた。
石と術の関係は、術者の属性にも依存する。
少女ならば、風か水の気を帯びた石が適切だろうと思われたが、そう言った事は調べなくては分からないし、また必ずしもそれに沿う必要もない。
だから少女は手当たり次第試していたのだが。
とかく、乗せられた石は海の水の名を持つ水の気を帯びた石だった。
「え、でも…」
匂玉と呼ばわる形に加工されたそれは一目で高価と知れる。
砕けてしまっては勿体ないのではないかと少女は乙女を見上げる。
「いいのよ、どうせもう、私は身に付けられない物だから。」
繰り返して乙女は言った。
神事に関わる乙女は神事の細かなしきたりを守る義務がある。
切れた理由がどうあれ、輪が切れるというのは、縁起が悪いとされる。
だから、乙女はその石を身につける事は出来ない。
その石が砕けるとしても乙女には何の問題もないのだ。
そんなものかと不可思議な表情のまま無理矢理納得したらしい少女は有り難くその石を受け取る事にした。
「此処で試していくかしら?」
まだ石はあった気がするわ、と付け足しながら乙女は首を傾けた。
さらりと癖のない髪が流れる。
思わず頷き、少女はすぐ、僅かに後悔した。
人前で失敗するのは、恥ずかしい。
「緊張しなくても大丈夫、私もたくさん割ったわ。」
乙女の一族は相性で石を決めることはしない。
生まれたその日に石を決められ、それに体の方を馴染ませるのだ。
弟と二人、たくさんの石を費やした日を思い出して乙女はくすりと笑った。
恐らくこの少女の比にならない数の石を割っただろう乙女は柔らかく肩を叩いた。
「肩の力を抜いて。石が肌に馴染む感覚にだけ集中して。」
すぐに肩から手を離し、穏やかな静かな声で乙女は言う。
傍に人がいるというのに不思議に心がすっと静まり、少女は思う以上に集中して詠唱を始めた。
少女の死角になりそうな位置まで下がり、乙女は見守っていた。
母なる海の水を冠するその石はきっと少女に応えるだろうと、奇妙な予感が乙女にはあった。
かつて真実そのものであった少女は母なるものの温もりが必要だと感じたからかも知れない。
斯くして、月の加護を受け月を守護する乙女の予感は事実になった。
詠唱が終わった時、海の水の名を持つ石は、淡く輝き、少女の手のひらに留まっていた。
石に意志があるのだとすれば、母のように応えたのかもしれないが、それは誰にも分からなかった。
ただ、手のひらの上淡い蒼が深みを増して優しい色をしていた。