聖夜



「あぁ、もうそんな時期か。」
一枚のカードを見て城主は呟いた。
天界からのそれは、招待状だ。
一度も参加したことがないのに、毎年飽きもせず送られてくる。
一種の嫌がらせのようでもあり、城主は苦笑した。
最後に彼に会ったのは、そんなに過去ではない。
彼は城主の記憶を宿す少女を可愛がっている為に、城へよく訪ねてくる。
誰かに特別な愛を傾ける事がないはずの彼は、また、別の名も持つ。
だから、良いのだろう。
信仰が彼らを作るとして、彼らが信仰である必要はないのだ。

カードは机に置いたままに、城主は塔から降りる。
そのまま東へ直進し、春の花が咲き乱れる場所に辿り着くと、目を泳がせて何かを探した。
「主サマ、ワタシをお探し?」
ふわりと光の破片が柔らかな弧を描いて城主の前に現れる。
「ヒサシブリ、主サマ。」
光が収束し人の形を取ると、それは少女になり、城主の前でにこりと笑った。
城主は頷いて、それから言った。
「あぁ、久しぶりだ。あれに送る花を用意してくれないか。」
「もう、そんなジキ?去年はナニにしたかな?すぐに用意してくる。」
少女はそういって、背に生えた薄い翅を震わせ翔びたった。
城主はゆるりと首を巡らし、視界に認めた椅子までゆったりと歩き出した。

「主サマー、お待たせ。」
城主が俯いて閉じていた眼をゆるりと開くと、目の前には腕に余る程の花を抱えた女。
ふ、といつもの不機嫌な顔を緩ませて、城主はその花を受け取る。
少女は楽し気に城主を見た。
「有難う。今年もきっと気に入るだろう。」
そう言って椅子から立ち上がり、少女の頭を撫でる。
少女は少し目を細めて、背の薄羽をふるりと震わせた。
「それではまた、な。」
そのまま花を抱えると城主は来た道を戻っていく。
それを見送った少女はまた光の塊になり、花々と戯れ始めた。

塔に戻ると花々を机にそっと置き、カードをもう一度眺める。
引き出しを開けて、中を探って一枚のカードを取り出す。
さらさらと何かを認めると、花束にそのカードを添えた。
また花束を持って、今度は塔から北東へ進み、自分の城へと歩く。
中庭へ出るドアのある部屋を覗き、そこに求める影を見つけると城主は部屋に入って花束を入れるのに手ごろな大きさの籠を探した。
「これを届けてくれ。」
探し当てた籠に花束を入れて、いつか彼に贈られた天狼にいえば、天狼は一つ伸びをすると城主の手から籠を咥える。
「宜しくな。」
そう言って中庭へのドアを開くと、天狼は重力を感じさせない足取りで軽く地を蹴り、空へ飛び立つ。
暫くして天狼が時空のひずみに消えると、城主はまたゆっくりと部屋から出て行った。

「今年は何を作るつもりかね?」
城の二階へ上がり、いつも皆が集まる広間へ来れば、緑と赤で施された装飾が鮮やかだった。
「まだメニューは決まってないです。」
金髪の少女は声に従って料理の本から顔を上げた。
「滞りなく準備が進んでいるようで何よりだ。」
城主が言えば、限りなく自然な表情で微笑む。
とても作り物だとは思えないな、と城主は心の中でだけ思った。
「そうですね、いつもと同じ時間に始められると思います。」
少女はちら、と時計を見てから、そう言ってまた微笑んだ。
この城では聖夜に集まれるだけの住人がひとつの場所で食事をするのが通例なのである。
「そうか、ならばそれまでしばらく休むとしよう。」
一番のお気に入りの場所に城主はゆったりと座った。


所定の時間には、広間に隣接した部屋に簡単な立食パーティのように料理が並べられた。
去年はこのようなパーティ形式ではなく、キャンドルを灯した食卓で簡素な食事を食べたと記憶している。
毎年こうして形式や料理の内容を変えている数人の住人に城主は素直に感嘆している。
「今年も無事一年が終わる事を祝って、…乾杯。」
乾杯の合図と共にたくさんのグラスの合わさる澄んだ音が響く。
シャンパンを口にしながら、もうすぐ来る一年のはじまりに向けて気持ちを切り替える、とても良き日だと城主は思った。
大晦日とはまた違う、この何とも空白にも似た日を城主はとても好んでいるのである。

恙無く、夜は更けていく。
賑やかな城の外では、遠く、時空を隔てた世界からの祝福の音が、流れていた。