静やかな夕べ、時折響く水音。
男は未だ若い妻を抱く。
異なる者を恐れ排せんとするは弱者の常。
下らない世の常を一身に受ける妻は、しかしいつも何処か茫洋としている。
春の日差しの如く浮き世など知りもせぬと言うように。
大人しく腕に収まる姿はいっそ幼くも感じられ、男はその黒髪に口づけを落とした。
この時間だけが夫婦らしい時間なのかも知れなかった。
愛してはいても恋い焦がれる相手ではない妻にとって、自分もそうであると知っている。
そういう生き方しか互いに選べないのだ。
それは傷の舐め合いに似ているだろう。



腕にひだまりを抱いて非天は眠る。