序章…或いは跋章…




神は『私』を忘れた。
自身よりも先に、創り上げた真意を問う人も今はなく。

この世に確かに存在しても、誰も私に気付かない。
世界の最果てに存在する、姿無き傍観者。
――神が創り出でし、唯一の試作品であり、失敗作。

永い間、混沌を見ている。
本当は短いのかもしれない。もしかしたら、随分と永いのかも知れない。
此処には私と混沌しか存在せず、時間という概念もまだない。
混沌の前には、少年と小さな部屋があった。
少年は膨大な書物―私には全て白紙に見えた―に囲まれ、日がな一日それらを開いたり閉じたりしていた。
ある時、書物は主の意思を無視して、本棚から崩れ落ちた。
体の小さなその持ち主は、本の波に攫われ、やがて混沌になった。

少年の前に存在したのは、何であったのか。
その前には何があったのか。
話せばきりがない。
それを遡ることは、この物語の本質からも外れるので此処では語らない。

――混沌は、一瞬も動きを止める事無く、蠢き、波立ち、形を変え続けている。
そして、それは突然の出来事だった。
混沌は揺らめき、虚空へ散った。
そして、残ったのは、青年だった。

散らばる混沌は連鎖する空間を生んだ。
その核は、三次元空間…つまり、宇宙である。

青年について、私は語る言葉を持たない。
ただ、美しかった。
それ以外の言葉を重ねようと、言葉が意味を成さないのだ。
だから、ただ美しかったのだと、思ってくれれば良い。

彼は歴史が知る様々な方法…それは、聖書に記されたそれであり、コーランに記されるそれであり、その他の聖典に記されるそれである…で、世界を生んだ。
そして、核たる宇宙の中に消えていった。
その様々な世界の中で幾度も幾度も彼は人として生きていくのである。


私は、深い悲しみを覚えた。―私の初めての感情である。
私の存在は何だろう?―私の初めての疑問だった。
私のいる場所は、どこだろう。
神は、私を知るだろうか?
知る筈もない、忘れてしまったのだ。或いは初めから知らないのだ。
私の元に訪れる者はおらず、私は何処にもいけなかった。
ただ、球の中を見つめるように、全てを見ていたのだ。全てを。
私は彼に創られたのか、それとも私が彼を創ったのか。それすら分からない。
ただ、私は神を憎んだ。それは、愛にも似ていた気もする。
私は決心した。人になろうと。
ただ、私は、術を知らなかった。
だから、機を待っていた。
肉体を手に入れる時を。
人間が文明を栄えさせ、幾度か滅び、そうして、ある時、私は願いを叶えられる事になる。


幾星霜の刻を越え、何度も擦れ違いを繰り返し、そして私は彼と巡り会う。
それが、幸か不幸かは、今はまだ、わからない。
物語は、永遠に未完として、完結する。