第四話




均衡状態だった。
少女と対峙する三人の招かざる客、そして先生。
少女―プラネタリーは、困惑していた。
彼女は守るための闘いに慣れていない。
常に一人だったから。
しかし、今背後には先生ことアカーシャがいる。
その上ミカゲのように素手による闘いはあまり得意ではない。
彼女のもっとも得意とする得物―白銀の大鎌―は、室内への破損を考えると相応しくはなかった。
ちらりと視線を走らせた先で、時計はミカゲの帰宅まではまだ時間があることを無情に告げた。
それでも、相手が待ってくれるわけではない。
このような昼間に襲われることはないからと油断していたのが悪かったのか。
様々に思慮したところで状況が変わるはずもなく、プラネタリーはスカートの上から、太腿をなぞった。
正確には、太腿に縛り付けてあるナイフを。

張り詰めていた空気が流れた。
痺れを切らした敵の一人がアカーシャに向かって走る。
アカーシャは取り乱す様子もなくそれを見つめる。
プラネタリーは軽く地を蹴った。
それを幕切れとして、他の敵も動き出す。
一閃、銀の弧が描かれると、一人目の男が手にしていた銃を落とした。
腕がだらりと下がる。
そして、絶叫をあげる頃には二人目の男が力なく膝から崩折れた。
突然立てなくなったことへの困惑の後、その意味を知りると、その口が叫びの形に変わる。
三人目の男は、二人の様子を見て僅かに後退し、そして発砲した。
乾いた音が響く。
弾丸は正確にプラネタリーの眉間を狙って撃たれた。
プラネタリーは身を僅かにずらしただけでそれを避け、三人目の男に走り寄る。
ナイフのグリップで銃を叩き落し、その首筋にナイフの刃を這わせる。

「お引取り下さい。」

鈴を転がすような愛らしい声でプラネタリーは告げた。
それは例えば、新聞勧誘を断るかのような口調で。

男は戦慄した。
たった一人の少女に、軍隊仕込みの自分達がなす術もないという事実に。
しかも、時間にして三分にも満たない時間に仲間二人は地に伏せたのである。
もともとの狙いの筈の女―アカーシャを見ると、退屈そうにあくびをしている。
この少女をそれほどに信用しているのだろう。

男は引くことを選んだ。
男は名声よりも命が大切だということを知っていたし、何より一人でこの少女を負かす術を思い付かなかったのである。
裏の社会に住む男は、彼女を捕らえた場合の報奨金が破格であった理由を知り、そしてもう関わらない方が懸命だと思った。
いくら危ない橋でも、渡る先が死ならば渡るべきではないのだから。

仲間二人を担ぎ上げ、男は去った。
プタネタリーは血で穢れたナイフを油紙で拭き取り、アカーシャを振り向いた。
アカーシャは僅かに微笑み、片付けはお茶をしてからにしよう、と言って隣の部屋に移動していった。
プラネタリーは何事もなかったようなアカーシャに安心したように笑み、部屋を出た。
アカーシャと共に飲むお茶を入れるために。



担当している小説家がなかなか原稿を上げなかった為に、ミカゲはいつもよりずいぶんと遅く帰路に着くことになった。
まだ日付が変わるには僅かに時間があるが、人気は疎らである。
殺気、と言うには幼すぎるソレに、ミカゲは振り返った。
そこには少年と呼んで差し支えない年齢の男の子がいる。
ミカゲは僅かに首を傾げるが、その間にも少年はミカゲを狙ってナイフを振り下ろそうとする。
体は流れるようにその攻撃を避け、ミカゲはそうしながらも少年を観察する。
年齢は10歳を越えたばかりと言ったところだろうか。
発育はお世辞にも良いとは言い難い。
大方、生きる為に盗みでも働いていたところを甘い言葉で誘われたのだろう。

「お、お前を倒せば仲間に入れてもらえるんだ…!」

震える手を止める為か、そう叫ぶとまたナイフを振り回す。
ミカゲはその不規則な腕を軽やかに受け止めた。

「私を殺せば、仲間に?」

そう聞き返せば、少年はミカゲを睨み付けながらそうだ、と言った。
離せと暴れたところでビクともしないミカゲにそれでも暫く抵抗しようとしていたが、やがて諦めたのか、少年は大人しくなりミカゲをじっと見つめている。
あまりの無垢な眸にミカゲは少し目を瞠る。
子供ならミカゲが躊躇うと思ったのか。
実際ミカゲは対処には困っていた。この少年をいつもの刺客と同じように返り討ちにするには、あまりにも幼すぎるし、訓練も何も受けていない体では死ぬことも考えられる。
殺すな、と言ったアカーシャの声を思い出して、ミカゲは半ば途方に暮れる。
この時代、少年のように生きる子供も少なくない。
貧富の差は時代と共に広がり、貧しさに耐えかねて子供は捨てられる。
ミカゲは祈るような気持ちで空を見上げた。
少年の手は、震えている。

「君は、人を殺したいのかい?」

やがてゆっくりと空から目を離し、ミカゲは訊いた。
少年の肩が跳ねる。

「君は、人を殺したことがある?」

ミカゲは重ねて問う。
勿論、その答えが否であることをミカゲは知っていたが。
ミカゲは辛抱強く少年の言葉を待っていた。
少年は唇から血が出るのではないかと思うほど強く、唇を噛み締めている。

「…姉ちゃんが、病気だから。仕方ないんだ。」

ようやっと口にしたのは、そんな言葉だった。
恐らくミカゲの想像通り食べるために盗みを働いていたのだろう。
自分の為に、姉の為に。

「姉ちゃんが病気だから、金がいるから。アイツのところに行って頼んだんだ。金<がほしいって。そしたら、アンタを殺してきたら金をくれるって。」

少年の目はまっすぐにミカゲを見た。
信じるだとか、そんな事は思いつきもしない、今だけをただ生きている眸。
ミカゲはやはり途方に暮れる。
しかし、この少年をこのままにするのは忍びなかった。

「…ついておいで。」

少年のナイフを取り上げて、ミカゲは言った。
少年は戸惑い、それでももうどうしようもない状態に、逃げることもせず―逃げたところで、この男を殺せなかったのだから、少年にはなす術もない―ミカゲに従った。