今年ももうすぐあの季節が近付いてきた。
1年に1度しか来ないその日。
毎年、期待と不安が交錯して、私はいつもふわふわ浮いているような気分になる。
しかし、その期待が外れたことはなかった。
「だけど、今年は……」



 夏らしさは徐々に薄れて、あれだけ煩かった蝉の声も今では懐かしい。
仕事が終わって会社を出ると、すでに日は沈み西の空は闇に染まり始めている。
今日も忙しい1日が終わった。
明日は休み。
あとは家に帰って休むだけである。
乗り込んだ電車は、いつも通り雑多な雰囲気だ。
何も変わりはしない。

 小一時間ほど電車に揺られ、最寄り駅に帰ってくる。
駅に着いた頃には、空は黒く塗りつぶされていてぽっかりと穴が開いたように月が浮かんでいた。
帰ってきても、仕事の疲れも相まって何もする気になれない。
このところ、任される仕事が増えてきて、責任を感じることも同時に増えたように感じる。
果たして、それはいいことなのだろうか。
自分が望んでいたものなのかどうか、はっきりとした答えは出すことができなかった。
ラフな部屋着に着替えて、ぼんやりとテレビを眺める。
特に面白い内容を放送しているわけでもなく、どれもありきたりなものだった。
つまらない。
ふとテレビの上に置かれた小さなカレンダーに目が留まる。
今日の日付の横には、星印。
そうだ、今日だった。

 急いで、玄関の郵便ポストを見に行く。
期待通りならば、そこには封筒が入っているはず……。
私は逸る気持ちを抑えながら、そして、不安な気持ちを抑えながら、ポストを開けた。



「あぁ、やっぱり……」
私はどこかで予感していた。
いつかはこうなるのではないかと。
ポストには何も入ってなく、期待は裏切られた。
いや、私が勝手に期待していただけなのだから、裏切られたというのは間違いである。
それは理解できていたのに、私の中の大部分は落胆するのを隠してはいなかった。
涙が頬を一筋つたった、ような気がした。
なぜ、こんなにもショックを受けているのだろう。
毎年、この時期に、この日に、彼からの封筒が届き始めて、5年が経つ。
英字で宛先が書かれた封筒と、便箋には誕生日を祝うメッセージ。
そして、決まってどこかの風景写真が1枚添えられていた。
1年に1度しかないこの日以外には、何の音沙汰もなかったのだ。
期待しても仕方ないと、自分に言い聞かせる。
 しかし、私の中のどこかで、こうなることを予感していた部分はあった。
それは間違いない。
今、この状況を冷静に受け止めているのは、おそらくその部分なのだろう。
沸騰して湯気を勢いよく吐き出すポットの火を止めて、インスタントのコーヒーを淹れる。
冷蔵庫に背中を預けて、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
その全ての動作は、おそらく一部の冷静な自分がさせているのだろうと考えた。


 ――カタン。
何かが落ちる音。
音を知覚するのと同時に、私は玄関へと向かっていた。
そう、この音はポストに何かが届いた音だ。
先ほどまで、落胆していた大部分の自分も、そして冷静に現実を見ていた自分も、今は全てポストに届いた何かに集中していた。

 今度はためらうことなくポストを開ける。
今はそこに何も入っていないことはありえない。
届いたものが、たとえ望んでいるものでなくても構わない。

 そして、そこには1通の封筒。
 去年と同じ、真っ白の封筒。
 英字でこの部屋の住所が書かれている封筒。

 私は、急いでリビングへ戻り、はさみで封筒を開けた。
2つ折にされた便箋の間に挟まれた写真は、どこか外国の市場の花屋を写していた。
便箋を一気に読む。
そして、2度目はじっくりと噛み締めるように読んだ。


 メッセージを読んでいる間、私の中の一部が、違和感を唱え始める。
最初は極々小さな部分での主張だったが、次第にそれは拡大されていく。
その違和感が何なのかに気付く頃には、答えは出ていた。
本来ならば封筒に貼られているはずの切手を、改めて確認するまでもない。

 私は急いで玄関へ向かい、ドアを開けた。
「気付いてくれなかったら、どうしようかと思った」
そう言って、はにかむ5年前と変わらぬ笑顔。
私は、靴も履かず、彼に抱きついた。