冬空の下で




美しい空が撮りたいと旅を繰り返す君は、夕暮れや朝焼けの写真を一枚だけ携えて帰ってくる。
必ず一枚。

彼女の旅は大体三泊。
一日目から二日目にかけては一日空を見て過ごす。
それから、一番美しいと思った時間帯の空を一枚だけ、写す。
その日にその時間雨が降っても。
その写真を手に、如何にその時間の空が美しかったかをあらゆる言葉を使って話してくれる。
軽やかに、唄うように話す君の言葉が楽しいから、俺はついていこうとは思わない。
俺は君の言葉の中で旅をする、なんて気障すぎて言葉にしたら鳥肌物だけど。

「ただいま!」

またあの軽やかで優しい声が響く。
甘い旋律の恋の歌より耳障りの好い君の声。
しかし、手に写真はなかった。

「今まで見た中で一番美しい空を見たの。私はもう写真を撮らない。」

にっこりと彼女は言い、俺は当惑する。
写真がない。
君が、話してくれないと俺は想像も出来ない、のに。
俺は途方に暮れて言葉を失してしまった。
けれど君は、屈託無い笑顔で躊躇いもなく手を差し伸べた。

「百の言葉でも千の言葉でも足りない、本当に、素晴らしい空だったの。貴方と見たくなったのよ、だから。」

一緒に見に行きましょう、と。
君は笑う。
俺はぎこちなくその手を取った。

本当にそれは、写真に切り取るのは勿体ない空だった。
何でもない、冬の昼下がり。
柔らかに灼けるような、穏やかに寒い空。
言葉にならない感動を共有する幸せ。
君は一人より二人で見た方がもっと素晴らしいとはにかんで笑った。
嗚呼、何と言う幸せだろう。
俺はこの日を死ぬまで忘れたくないと思う。

そして一年後の今日。
この同じ空の下で
俺は、君と永遠を交わそう。