あぁ、面倒だ。
頭の中はぼんやりとそう思っていた。
人の体をした獅子の唸り声。
骨はギシギシと軋む。
力比べなどして、勝てる相手ではない。
しかし、力を受け流す事さえ許さぬ強さだった。
「通せ」

獅子は唸る。
「通さぬ。契約にかけて。」
時折交わされる言葉は、押し問答だった。
獅子は後ろに跳び、距離を取った。
十の化身を持つこの神なる者を無傷で帰す事は初めから期待していない。
腕一本で済めばマシだとすら思う。
城門を守る魔法生物は怯えた目で戦いを見守っている。


一瞬の、交差。


…声にならなかった。
左肩から袈裟懸けに斬られ、よろめく。
元々、肉弾戦を得意としない私にはこれが限界だった。
「紫姫…」
呼べば淡い紫紺の靄が辺りに生じた。
獅子なる者は動かない。
「…人間と我々は所詮相容れぬ。ひと時、ただひと時の間でいい。赦せ…。」
言えば、元の姿に戻った神なる者は、溜め息を残して踵を返した。
「確かに、俺には瞬き程の時間か。」
自嘲するように呟くと、肩越しに振り返り苦笑する。
「長い、付き合いになるなぁ?」
その言葉に頷くと、神なる者は軽く手を上げ、城から離れていった。


姿が見えなくなった所でようやく中に戻る事を思いつき、私も踵を返した。


一時、ほんの一時。
分かっていながら、その仮初に近しい時間を望むなら、私はそれを守る。
それは誰への誓いだったか、今はもう思い出せない。
失血で霞む意識の中、薄幸な天使の束の間の幸せを祈った。