愛と恋の挟間にて




「貴方の存在に、少なからず傷付いたわ。」
その女の口から出た告白に私は噴出しそうになる。
彼女は続ける。
「私はあの方を本気で好きで…。」
「彼の何を好きになったの?」
言葉を遮るように、私は問う。
「あの方は優しいわ。傷つけられるとしても、一緒にいれば、幸せな気分になることのほうが多いのよ。」
恋に恋をしてるのかしら。でも、恋ってこんなものだったかしら?
『貴方は何も知らないのよ』
そう、瞳が言ってる。
そんな彼女のプライドをずたずたにしたい衝動を辛うじて抑える。
私は笑うこともせず、無言でいた。

 細胞があるのだとすれば細胞の核から。
 遺伝子があるとすれば遺伝子の。
 刻まれた情報を、誰も書き換えられない場所で。
 これは恋じゃない。
 愛なのかも分からない。

優しくされた記憶はない。
幸せって何だったろう?
私が無言のままでいると、相手は諦めたのか、何か捨て台詞を吐いて何処かへ去ってしまった。
私の存在が、彼女を傷つけただけで、彼自身の刃は彼女には刺さらなかったんだろう、と思う。
彼の刃を知らずに済んだ彼女は幸運かもしれない。
彼女の言葉に悲しみはなかった。
ましてや、罪悪感など湧くはずもなかった。
彼女が彼を勝手に好きになったのだから。

そして彼女は、彼無しでも生きていけるから。

ただ、少し可笑しかった事は彼女の中に逆説がなかった事。
彼女の存在で私が傷付いたかもしれない、という逆説が。

 細胞が
 遺伝子が
 あるとするなら
 そこに刻まれてるのは
 呪いにも似た…

私が傷付いてないとでもいうつもりなのだろうか。
心がある以上、痛みはあるだろう。誰にでもそれは訪れる。
多分例外なく。

憂鬱に、窓の外を眺める。
「どうした?」
声に振り向けば、無表情に佇んでいる男。

私はこの男といて、幸せなのか、分からない。
いつも渇望していることだけが確かで。
満たされることを知らない。
「貴方を好きだという女(ヒト)に会ったわ。私、恨まれてたみたい。」
くすりと笑って、いつもの調子で。
嘲りにも、似たような笑みで笑う。それは、意地なのかもしれないとぼんやりと思う。彼はただ、何も応えずに私に腕を回した。
私はこうされることがいつまでも続くことだとは、思っていない。
この男はそういう男であるし、私もまた、そういう女だから。
けれど、今は少なくとも、この一瞬が永遠ならばいいと思う。
永遠というのは、つまらなくても。
それでも、この平穏を望むときもあるのだ。
宿木を探す小鳥のように。
「私に愛される女は、お前だけだろう。」
ぽつりと、男は呟く。
この男のからっぽの心に、もし愛があるのなら、それは私にくれるのだと。
少ない言葉が伝える。
だから私は、痛みを抱き続けられるのだろう。

世界の終焉に、この男を殺すのだとしても。