「うそつきね。」
背後からかけられた言葉に、本館を出ようとした城主はうんざりとした表情を隠しもせず振り返った。
「最近は随分と突っかかってくるな。」
半身の視線を受けながら、城主はゆると口を開いた。
「あんな言葉を。貴方、どうして。」
眉間に皺を寄せて、半身は呟く。
「残酷だわ、あんなの。どうせ、記憶からあの子は消えてしまうのに。それでもあんな約束をしたら、忘れていても…」
言葉は、城主が半身の唇に指を当てることで止まった。
「いいんだ。それで。」
城主は目を細めて言った。
叶えられない想い、残される天使、消えていく記憶、見守る者。
神に愛される子と神に愛されぬ天使と、神籍から名を消した者。
「いずれにしても、あれは迎えに行くだろう。それまで愛した者と同じように。赦される限り。」
目を伏せ、城主は僅かに笑った。
「約束することで、救われる者もいるだろう?」
その言葉は、誰に向けられてるのか、半身には分からない。
「愛されることで知ることもある。それを彼が知るといいが。」
その言葉を聞いて、半身は小さく溜息をついた。
「もう、幼いだけの天使じゃないだろう?」
にやりとゆがめられた口に、全て計算尽くであることを知り、半身は肩をすくめる。
未来が変動すると知るからこそ、その切欠を与えることを怠らない城主は、やがてくる終焉を知っていても、それだけは確実に訪れると知っていてもこの刹那を、愛している。
「勝算は?」
「そこに愛があるがゆえに。」
半身の問い。城主の返答。そよと吹き込む風。
それは、どこか既視感を伴う光景。
半身は困ったように笑んだ。かつての、楽しかった日々を思い出したのだろうか。
「まさか。知ってるの?」
半身の問いに城主は頷く。
「本当に、残酷だわ。」
「承知の上だ。彼が真意を知ったら、怒るだろうか。」
「当たり前でしょ?」
城主の悪びれもせぬ態度に半ば呆れながら半身は言った。城主は楽しげに笑う。
無邪気ささえ窺える表情に、半身はやはり肩をすくめるしかない。
「いつかの別れの日など、来なければいいのにな?」
その表情から哀しみを感じたのか、城主は少し目を伏せて言った。
半身がはっとして城主に視線を向ける頃にはいつもの食えない表情に戻っていたが。
「彼はこちら側へ?」
「否、輪廻へ」
ふ、とこぼされた溜息は安堵だろうか。
吐き出した半身自身にも分からない。
「幸せになれるかしら。」
「なるだろう。それが一番あれを幸せにすると知っているだろうから。」
半身は僅かに笑んだ。
こう言う時、城主はそれはそれは穏やかな眼をする。半身だけが知っている。
「貴方は?」
「私は幸せだよ。」
ふ、と笑う孤独の人は、やはり穏やかな顔をしていた。
「それじゃ、少し悪戯をしてもいいわよね?」
にやりと笑った半身に、城主の顔が引きつる。
一瞬引き止めるための言葉を考えた隙に半身は姿を消していた。
夢を渡り幻想を見せる半身のこと、他愛ないことだろう。
しかし、それで深みにはまらなければ良いがとも案じる。
「…まぁ、大事なかろう。」
ふっと溜息混じりに吐き出し、城主は今度こそ本館を後にした。

幸せを定義できない刻の城の城主は、それでも束の間の幸せを祈りながら。