守護者




「…守りたい。」
かすれた男の声に、城主は呆れた視線を向けた。
「どうやって?」
ひときわ静かに、城主は聞いた。感情の起伏はおおよそ見られず、それがこの城の住人を守る為の表情だと、男は知った。
感情の起伏は、相手に漬け込まれるとよく知っているのだ、この城主は。
「箱に閉じ込めて、飼い殺しにでもするつもりかね?」
手にしたいと求めては、繋ぎとめることは叶わぬ相手を守る手段など、知り得ない。
城主はそれを、知っているのだ。
男はうなだれ、脳裏に天使を想う。汚されても汚れぬ創られた神聖。
それは、どれだけ汚されても汚れず、皆のものでありながら、誰のものにもならないことに近似して、彼らを絶望させ、そして嫌悪させる。
しかし、その理由を、同じ神で在りながら唯一神ではないこの男は理解し得ない。
城主は男から視線を窓に移した。
退屈そうに雲の流れを追いながら、城主は短く溜め息をついた。
「守りたいなら、守ればいい。私には、関係ない。」
まるでどうでもいいと言う調子で、城主は言う。
城主はぐぃと伸び、背もたれに身を預けた。
椅子がキィ、と小さく悲鳴をあげる。
男は黙って、城主を見た。
城主は男を見てはおらず、視線は重なることがなかった。
「…永遠とは、何だと思う?」
城主の問いの意図が分からず、男は城主の表情を探る。
何の色もそこにはなく、徒労に終わったが。
「別に試しているわけではないよ。ただ、幾度生まれ変わろうと寄り添う女が在りながら、アレを望むのはどういう気持ちなのだろうと思っただけだ。」
それがただ決められたこととして繰り返されることに、そこに愛があるとしても、とうに飽きてしまっていることを城主は知っている。
寄り添う存在も居なければ、生まれ変わることさえない城主は、それを知っていても理解できない。
「…世界を維持する為に在る俺がそれを放棄するわけにはいかない。俺はただの男にはなれない。」
まるで呪詛を呟くような声で、男は言った。その怒りは城主に向けられたものなのか、それとも。
城主は静かに視線と声を受け止めている。
「世界を守らねばならぬ貴君が、アレを守れるのかね。唯一を欲する天使を。」
目は逸らさぬまま城主は聞いた。神なる男はにわかに戦慄する。
「守りたい。」
反射的に、ただ、その言葉を繰り返した男に、城主は視線を緩めた。
「どちらの物語が先に滅びるのか、私は知らぬ。永遠が存在するかどうかも、私は知らない。ただ、あの天使を赦し愛せるなら、その瞬間の積み重ねで、いつか永遠になるのかもしれないな。それは時間という制約を受け続けるとしても。」
その言葉の真摯さに、男は幾度か瞬きを繰り返した。まるで、食べ物を咀嚼して飲み込むように。
神を相手にしても変わらずに終わりを謳う城主の声は、まるで全てをあきらめているようで、しかし、きっとそうではないだろうと男は思う。
「そうなると、思うか?」
男は聞いた。
「貴君次第ではないか?守りたいと、望んでいるのなら。」
穏やかに、城主は言った。先刻、投げやりに好きにすればいいと言ったことは夢だったかと疑うほどに。
「我が命をかけて、守る。」
男は、誓うように言い、城主は笑った。
「神の誓いほど信用できないものはないな。永遠のその先を楽しみにしているよ。」
くるりと椅子ごと男に背を向けると、男は苦笑した。
「じゃあ、今日は帰る。我らを見守る唯一の人よ、穏やかに在ってくれ。」
そう言い残して、城主の言葉を待つことなく男は部屋を去った。
ぱたんと閉じた扉の余韻を感じながら城主は苦笑した。
神々の想いのかけらさえ、城主には愛しい。

不器用な男と永遠を望まない天使が紡ぐ愛の歌はきっと優しいだろう。
刹那を重ねた永遠を想い、城主は晴れやかな気分だった。
変わらずにいるということはけして諦観ではない。
未来を信じていることは無駄ではない。
心というものが歴史に作用する力は、それらを思う人自身よりよく知っているのだ。
願いは生への糧になり、城主はそれを見届け続ける。
孤独な天使が抱く氷の女王も、今は穏やかに過ごしているなら、もう天使を自由にしてもいいだろう。
その魂を分かつことはできずとも、天使は幸せになれるだろう。
あの優しい悪魔とは共に在れずとも。
城主は少し冷えてきた風に、窓を閉めようと立ち上がった。
降り出した風花がちらちらと窓から入り込み、まるで先代の女王の意思のようで城主はまた苦笑する。
暫く窓際で風花を眺め、やがて窓は閉じられた。
外の風花は、月が南中に至るまで降り続いた。