道筋




「いつからこの道筋を読んでいた?」
ことさら静かに、私の模造品は聞いた。
限りなく近しく、しかし神の子であるように作られたそれは、諦めに似た表情を隠さずにいた。
「何を創るのにも核は必要だ。それが図らずも未来、この時点ではすでに過去だが、その時の契約に繋がっていたに過ぎない。その繋がりは、創造したという時点で生まれた縁に過ぎぬ。」
「ああ、そうだ。それは、分かっている。」
私には持ち得ない複雑な感情をその顔に乗せて、深く溜息をつく。
「私は肉体の為に貴君を創った。しかし、その心まで私を模倣する必要は、ないんだ。」
そんな言葉を求めているわけではないと、私は知っている。
けれど私が与えられる言葉もまた、少ない。
救いなど、この身にはありえないのだ。犠牲にしても欲しいものの為に、ここに居るのだから。
「私は、不実だな。」
自嘲する模造品の顔は、やはり私には持ち得ない美しさを持っているように見える。
「それを決めるのは、貴君ではないだろう。」
出会ってしまったことを後悔しているわけではないらしい模造品は、顔を歪めたまま。
生きた年齢と、私の記憶の断片が、この模造品を苛むのだろう。
そして、そこに埋め込んだ心を抱き兼ねている。
情熱よりも理性が、押し留める想いの名を恋と名付けるのはあまりに刹那いと、私は心中でだけ思う。
あの願いの主の魂に祝福をしたのは、何ゆえだったか。
やはりそれも、刻が望んだからか、それとも抵抗だったか。
そして目の前の、この娘の心は祝福の余韻か、それとも。
「貴君は私ではない。無理に彼を愛する必要はないんだ。」
その言葉はやはり慰めには程遠かった。
どの「彼」を愛することも、望んでないと知っていて、私は目を背けている。
それでもそれに笑んでみせるのは、人のしなやかな強さだろうか。
「肉体が死して、私というものが消滅する時は、どうか私の記憶をその魂に持つ者の記憶から私をなくしてほしい。」
その悲壮な願いを、どうして拒めようか。
それは、その言葉の真実は、私だけが知っていて、私だけが覚えていようと誓いたいほどの、優しさで。
私はゆるりと首を縦の方向に動かした。私なりの贖罪として、叶えるべき願いとも、思った。
贖罪など必要ないと、このやさしい人は言うだろうから、言葉にはしなかった。
「あの人が来世あの女とまた結ばれればいいと思う。」
泣き笑いの表情で紡がれた言葉に嘘はない。嘘がないからこその真摯さで私に届く。
間違いなく、幸せを願うやさしさを誰が知るというのか。
私の模造品であることを捨てられないまま、在らなければならぬまま。
そして、内に潜ませた馴染めぬ想いをも抱いたままで。
私の罪を具現したように、そこにたたずむ模造品は、それでもやはり神の子なのだろう。
生きているのだ。生きて、いくのだ。変えられぬ宿命のまま。

「本当に、罪深い人ね。」
模造品のいなくなった空間にふわりと現れた半身は、軽く睨んでそう呟いた。
怒っているのだろう。深い、情を持つこの半身には、私を許せないことが多すぎるのだ、きっと。
「自覚している。けれど、譲れないことも、知っているだろう?」
終わりに向かって加速する刻を、私は譲るわけにはいかない。 それは、人の幸せを犠牲にしたからと譲れるものではないのだ。
そうできるなら、願いはしなかった。
ただひととき共に過ごしたいという、ささやかな願いの為に犠牲にしたものを私は忘れない。
世界が終末を迎えても。
「…泣きなさいよ。」
首を傾げて見上げた先で半身は涙を流していた。
珍しくて、目を見張った私に、更に憤慨したように顔を背ける。
「私が泣いて誰が救われると?」
いつもの調子を崩さずに言うと、小さく吸気する音が聞こえた。
きっと唇をかみしめているだろうと思いながらしかしそちらに視線は向けずにいた。
「貴方のことは、貴方しか許せないのよ?」
掠れた声が愛しいと思う。
許せないことに、私が孤独であることに泣いているのかと、穏やかな気持ちになってしまう私を、やはり半身は怒るだろう。
「泣いて罪を雪ぐ気はないよ。私はすべてを持って還るよ。あの場所へ。」
やはり目から流れ落ちる半身の涙に心惹かれた私はそれに触れた。
温かく、指先から浸透するようなそれは、やはり優しかった。
その涙だけが、赦しを、知っていた。