予定調和
「どう言うこと?」
彼女らしからぬ荒々しさに、私は振り向き、そして近付いた彼女の視線から逃れるために首を捻った。
「言わないって、どういうことなの。」
何も言わない私に焦れたように彼女―私の半身は再度問いを繰り返した。
仕方なく肩を竦める。
「まさか、言わないままでいる気なの?」
信じられないといった様子で半身はやや乱暴に髪を掻き上げた。
「ああ。言わない。だから、おまえも言わないでくれ。」
あの場所を、彼は知らなくていいと思う。
私が還る場所を。
「そんなのって、ないわ。あの場所にいると知ったら、彼は愛してくれないかもしれないじゃない。」
夢から醒めた表情で半身は呟いた。
「それでも。頼むよ。」
呟けば、半身は泣きそうだった。私はそれが何だかおかしいと笑うのを堪える。
「あの場所へは、一人で帰るのでしょう?」
ただの確認として、半身は聞いた。
私は頷く。
「ここはどうするの。」
まるで聞き分けのない子供のように半身は質問を繰り返す。
返答を知っている質問を。
「ここも私の場所だ。私が私だけのために用意した、彼が手を加えられないこの世界は、私をここに繋ぎ留めるだろう。」
軽く首を傾げて聞くと、やはり子供の表情で半身は私を見つめる。
そういえばこのような顔を見るのは初めてかもしれないな、と思いつく。
「こことあそこ以外の場所を、赦されたらいいのに。どうして、貴方だけが、そんな。」
そっと呟かれた言葉は、神に救いを求める少女の言葉のようだった。
「私は永遠に孤独だが、私は一人ではない。分かって、いるだろう。だから、彼には言わなくていい。彼は私の真実を知ることはないが、しかしあれも確かに、私なのだから。」
だから私は満足だと言外に言えば、半身は小さく溜息をついた。
「いつも勝手だわ。」
「お互い様だ。」
漸くいつもの調子で笑った半身に軽口を返せば、心外だと表情が告げる。
「分かったわ。けれど、あの場所を彼がいつか知って壊そうとするなら、私は彼を殺してしまうかもしれないわ。」
三日月の孤を描く半身の唇は、不穏な言葉を楽しげに紡いだ。
すでに殆どはじまりの時の記憶を手放した彼が、あの場所を思い出すことはないだろう。
あるとすれば、それは全てを無に還す時だ。
彼は私と有無を分けてしまったから、彼は完全な無を生み出すことは出来ない。
そんな日は、永遠に訪れなくていい。
私が永遠に傍観者で在り続けても、世界が壊れるよりはいい。
世界への抱擁はけして報われはしなくても、それが救いになることがあるかもしれない。
私がそれを慰めにするように。
「そうなれば、それは彼がそれを望んだ時だろうから。存分に?」
彼を無に還せるのは、彼女以外にはありえなのだから。
私は疾うにそれを放棄してしまった。
「損な役回りだわ。」
肩を竦めて、彼女は言った。
真実に最期が訪れる瞬間など、恐らく誰も望みはしないと私は知っている。
何故なら、「自分が亡くなった後の世界」を誰も知ることは出来ないのだから。
滅亡へ向かっているとしても、それははじまりへの序曲でしかないのだ。
世界は今日も、廻り続けている。
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