宝物




久しぶりに流した泪。
気が動転して、巧く話せない。
呼吸が乱れる。
もう、随分、逢っていない。
その事実が、全てを狂わせてる。
参った。


強烈な思考が頭を通り抜けて、私は目を醒ました。
溜め息を一つ。
諦めて、身を起こす。

「入るぞ」
別に、返答など、期待してはいない。
さっさと鍵を開けて、部屋に入る。

少し、落ち着いたらしい顔で、男が此方を見る。
「久しぶりに泣いた」
まるで、他人事のように、そう呟く。


「…どうして、俺に感情を与えた?」
ふと、思い付いた様に男は尋いた。
「…さて」
その問いに、私は直接応える気はない。
察したのか、気にする事を止めたのか、男は、ふぅん、と言った。

「要らない事だと思っているのか?」
呟いた言葉に、男は笑った。
「無かったら、こんな想いはしなかったろうけど。でも、今、幸せだから」
「逢えない時間は…?」
「…待たせてばかりだからな。ずっと。だから、今度は、俺が待ってやれば良い」
「そう…涙を見せるのは、何時振りか?」
「さぁ…棕那を失って以来かな…棕那は、どっちかって言うと、娘みたいな…家族みたいな存在だったけど。アイツは、唯一無二の宝だな」
「…そうか。ならば、棕那は幸せだな」
私の言葉に、男は怪訝な顔をする。
「棕那の願いだったからな。“…どうか、幸せに。”最期に、そう呟いていた」
男は、僅かに顔を歪める。
「やはり、聞こえていなかったんだな。無理もないが。…今、幸せか?」
私は、もう一度、同じ問いを繰り返した。
男が少し躊躇った末に、微笑む。
それを見て、 頷くと、私は部屋を出た。

過去の落し物。
それは、熱に浮かされて、微睡む。
現在に“宝物”を見付けた男は、未来に何を持つのだろう?

淵だけの月が、雫を零す。
もう、今は、存在すらしない、天使の歌声が聴こえた気がした。