風が吹く場所




彼には、柔らかな風とか木漏れ日とか、そういう、穏やかな物が似合うと思う。
彼が、過去の幻影だからかも知れない。
過ぎ去った物というのは、大抵、穏やかな切なさを纏う。

…私の視線に気付いたのか、彼は窓から目を離し、こちらを見た。
どうした、と言う風に首を傾げる。
「何を見ていた?」
特に何もない窓の外に視線を遣り、私は訊いた。
「――風を。」
彼は微笑ってそう答えた。

流れ行く雲を見ていたのか、揺らぐ木々を見ていたのか、波立つ泉の水面を見ていたのか。
とにかく、彼は風を見ていたらしい。
彼の髪を浚う、風を。
「アレは、そういう事はしなかったな…。」
私の呟きに、彼は苦笑した。
「確かに。私は…彼の過去である様に創られた筈なのにな。」
「創造物というのは、主の意思を無視して変わり行くものだ。」
「存在の意味がなくなってしまうな。」
彼は窓に視線を戻して言った。
「創った事に意味がある。」
そう、彼には聞こえない位の声で言い、彼の視線の先にある物を探してみた。

あぁ、確かに彼は風を見ているのだろう。
風の音が聴こえる。
穏やかで優しい音が。

『創造物』 それはそれを創る事に意義があるだろう。 神に反して、 それらを生み上げる時、必ず理由があるのだ。 何かを忘れずにいる為。 何かを得る為。 創られた物は創られた事に 意味がある。 見れば、創り出した理由を 思い出さずには いられないのだから。

―謳声が聴こえる。
彼は今日も謳う。
風の吹く場所で。

嗚呼、城から流れ来るその旋律は、悲しくて、悲しくて…とても、穏やか。