日蝕
月が太陽を喰らう瞬間を、天使は眺めていた。
「人界に降りてはならぬという掟を破っていいのか?」
急にかけられた低い声に振り返ると男がいた。
堕天の徴である黒き翼を背負うその男は天使に視線をまっすぐと合わせた。
「今日は、日蝕でありますれば。神もお許しになるのではないかと。」
天使がそう答えると、その男は少し目を見開き、それから咽喉を鳴らした。
笑っているのだろうか。
「貴方も、地上へ上がっても良いのですか?」
そう問えば、肩を竦め「さぁ」と答えた。
答える気があるのか、ないのか。
そもそもこの敵対すべき相手は、何故話しかけてきたのか。
「…唄っても?」
天使は空を僅かに見上げてから問うた。
何故かそこから立ち去らない堕天使は僅かに頷く。
…その声は高くもなく低くもなく、風のように鼓膜に波紋を伝う。
堕天使は月の下で唄う天使を、木陰―より深い闇―に座りながら見ていた。
「見事だった。」
気持ちよく唄い終えた天使に、堕天使は拍手を贈る。
嫌味でないそれに天使は微笑んだ。
「貴方は変わった方ですね。このように天使と話す堕天使など、居られますまい?」
天使は首を軽く傾げて言った。
実際、堕天使と天使はその志の違いと、絶対的価値観によって相容れない。
「ふむ、それはそちらもではないのか?」
ククッと咽喉を鳴らして堕天使は答えた。
成る程、互いに相容れぬ筈だ。逆も然りということか。
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